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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)2481号 判決

控訴人 創研住宅株式会社

被控訴人 益谷ちよ子

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人において、この判決送達の日から七日以内にさらに金三〇万円を追加保証としてたてることを条件に、控訴人と被控訴人間の東京地方裁判所昭和四四年(ヨ)第三七〇七号不動産仮処分申請事件について、同裁判所が同四四年五月一二日した仮処分決定を認可する訴訟費用は第一、二審を通じてこれを四分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。控訴人と被控訴人間の東京地方裁判所昭和四四年(ヨ)第三七〇七号不動産仮処分申請事件について、同裁判所が同年五月一二日した仮処分決定を取消す。被控訴人の本件仮処分申請を却下する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び疎明の関係は、〈省略〉……と陳述したほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

理由

原判決添付別紙目録記載の土地及び建物(以下本件土地建物という)が被控訴人の所有であつたこと及び被控訴人が昭和四三年一二月四日真尾武彦との間において、本件土地建物の売買契約を締結したことは、当事者間に争いがない。

ところで被控訴人は右売買契約は通謀虚偽表示によるものであるから無効であると主張する。成立に争いのない甲第一号証の一、二、乙第八号証の一ないし三、原審証人小室文吉、同真尾武彦及び当審証人添田善一郎の各証言により成立を認める甲第二号証の一ないし四、右各証言、原審における被控訴人本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、次のとおりの事実が疎明される。すなわち被控訴人は昭和四三年一二月三日真尾武彦から金二五〇万円を利息月五分、弁済期同四四年三月三日の約で借受け、右債務の履行を担保するため、同月四日本件土地建物を右真尾に譲渡して所有権移転登記を経由し、その際真尾は二ケ月分の利息として金二五万円を控除したこと、そのさい当事者間に右利息の支払をする限り弁済期の多少の延期は許される旨の了解があつたこと、昭和四四年二月四日被控訴人は弁済期までの利息として額面金一二万五〇〇〇円の小切手一通を右真尾方に持参したところ、真尾が不在であつたため、たまたま同所に来あわせた添田善一郎が真尾を代理してこれを預るというので同人にこれを託し、右小切手は後日支払われたこと、被控訴人は同年三月四日真尾の代理人である右添田に対し、弁済期を一ケ月延長するため利息として金一二万五〇〇〇円及び手数料として金五万円を支払い、その後本件債務元金二五〇万円を返還すべく、右添田と連絡し同年四月二日東京法務局中野出張所で右添田と落合い、右金二五〇万円の授受と同時に登記名義を被控訴人に移転することを約し、右出張所において所定の時刻に添田を待つたが、同人は遂に出頭しなかつたこと、以上の事実が疎明され、前掲疎明中右認定と異なる部分は措信せず、その他に右認定をくつがえすべき疎明はない。しかして右経緯からすると、被控訴人と真尾との間の右売買契約は通謀虚偽表示ではなく、いわゆる譲渡担保であることが明らかである(被控訴人は右売買契約が通謀虚偽表示であると主張するが、その事情として主張する事実関係は譲渡担保に該当すべき事実であること弁論の全趣旨から明らかであるから、これをもつて当事者の主張しない事実を認定したとするのは当らない)。

しかして前掲添田善一郎、同真尾武彦、原審証人新田格郎、同貞包盛行の各証言により成立を認める乙第一ないし第三号証第六、第七号証、それに右各証言をあわせると、これよりさき右真尾は本件土地建物を同年二月八日添田に代金三七〇万円でそして添田は同年四月二日控訴人に金四八〇万円で順次売渡したとして現に本件土地建物には控訴人名義の所有権取得登記のあること(登記の点は当事者間に争ない)が疎明される。

思うに譲渡担保は担保物件の所有権を移転するものであるとはいえ、その実質は債権担保に外ならないから、取引の安全を害しない限り、債務者の右権利はこれを保護すべく、従つて悪意の譲受人すなわち担保物件の所有権移転が債権担保のためであることを知りながら担保物件を譲受けた者は、後に債務者が右債務の弁済ないし弁済供託をすることによつて右物件が債権者から債務者に復帰すべき運命にあること、すなわちそのような性質を帯びた物件を自己の危険において取得したものというを妨げないから、債務者は当該債権関係が終局的に清算され、物件の取戻ができなくなるまでの間は、右債務の弁済その他の消滅を主張し、右悪意の取得者に対し右担保物件の返還を請求することができるものといわなければならない。

(この場合登記の対抗の問題については悪意の第三者はいわゆる背信的悪意者というに当ろう)しかるところ前掲疎明によると、添田善一郎は真尾武彦から不動産売買のあつせんを受けて生計を営む者であり、本件土地建物の取引にあたつても真尾の代理人となつて終始その衝にあたつていることからすると、右添田は被控訴人と真尾間における本件土地建物の売買が譲渡担保であることを知つていたものというべく、成立に争いない甲第一、第二号証の記載によれば真尾が被控訴人に交付した金員は有限会社古鷹不動産から本件土地建物に抵当権を設定して借受けた金二五〇万円があてられた疑いが濃く、控訴人が本件土地建物を買受けたとしてしたその所有権移転登記は中間省略により真尾から直接なされており、右登記と同時に右古鷹不動産に対し金一〇〇万円の債務のため本件物件に抵当権を設定しており、この点につき右証人真尾は添田への売買代金中一〇〇万円がまだ未済であるため、その分を控訴会社に肩替りして貰つたもので、これの支払があれば、これを古鷹不動産に弁済して右抵当権を抹消することとなると供述し、右証人貞包盛行の証言によれば控訴人は本件物件の売買代金にはまだ一七〇万円もの未払があり、会社は社長山田寛司の一人会社の如きもので、社員は他になく、山田も現に行方不明であるという実情にあることが認められるので、これらの事実をあわせれば、控訴人が真実本件土地建物を買受けたかどうかには一沫の疑問があり、仮りに買受けたとしても本件物件はもともと被控訴人が真尾に譲渡担保として供したものであることを了知していたものと推認すべき疑いが濃い。そうだとすれば、控訴人の悪意の疎明はいささか十分とはいいがたいが、この点は後記保証の追加によつて補充すれば十分である。

ところで被控訴人はすでにその譲渡担保の被担保債権につき弁済の提供をしたといいうべきことは前記のとおりであるが、これを供託したことは主張立証しないところである。しかし本件係争事件(本案)の推移によつては容易にこれを追完しうるものと考えられるので、この点の被保全請求権の疎明の不足も右保証の追加によつて補われるものと解する。されば被控訴人は真尾に対する本件債務金の完済を理由に、控訴人に対し右所有権取得登記の抹消登記手続を請求することができるものというべきである。

控訴人が住宅の建売を業とする者であるほか、前記のような関係にある本件においては、同人が本件土地建物の登記名義を他に移転する可能性のあることは一応疎明されるので、その請求の当否は究極において終局判決をもつて判断されるとしても、これに対し一時処分禁止を命ずる本件仮処分は最小限度必要であり、これを求める被控訴人の本件申請は後記保証の点を除いて理由があり、これを正当として認容した本件仮処分決定は同様正当であるから、被控訴人においてさらに本判決送達の日から七日以内に金三〇万円を追加保証としてたてることを条件に右決定はこれを認可すべきである。

よつて原判決を右の趣旨で変更することとし、控訴費用の負担について同法第九五条、第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武 岡本元夫 田畑常彦)

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